宙SORAのブログ
占術は“答え”ではなく“判断の指針”―迷いを成長に変える思考の道具
人は、迷ったときほど
「正解」を教えてほしくなります。
それは現代に限った話ではなく、
太古の昔から変わらない、人間の本質でもあります。
右か左か。
進むべきか、撤退すべきか。
占術は、その答えを
代わりに決めるためのものではありません。
占術が「答え」になったとき、人は考える力を手放す
占術に限らず、
人が何かに迷ったとき、
「答え」を他者に求め始めた瞬間から、
思考も成長も、少しずつ止まっていきます。
本来、占術は
状況を整理し、
選択肢を照らし、
あなた自身の判断精度を上げるための補足データです。
補足データである以上、
そこには必ず前提があります。
最終的に決断するのは、
あくまであなた自身であるということです。
つまり、
経営の相談であれば、
事業や経営についての知識や経験があるほうが、
占術の情報は正しく活きてきます。
金融の相談であれば、
金融に関する基礎知識や理解の上に、
占術という補完データを重ねて初めて、
判断材料として意味を持ちます。
専門的な判断が求められる場面で、
基礎知識や専門知識を持たないまま、
補助データだけを頼りに決断することは、
本来あってはならないことです。
占術は、
知識や経験の代わりになるものではありません。
それらを持つ人が、
判断を誤らせないために使うものです。
ところが、
占術師が「答えそのもの」になったとき、
人は考えることをやめ、
決断の責任を他者に預けてしまいます。
そうなると、
たとえ占断が当たっていたとしても、
あなたの判断力は育ちません。
次に迷ったとき、
また「誰か」に答えを求めるしかなくなり、
自分で考える力は、さらに弱くなっていきます。
これは、
占術の良し悪しの問題ではなく、
占術の使い方の問題です。
占術が悪いのではありません。
占術を「考えるための道具」ではなく、
「決めてもらう道具」にしてしまったとき、
人は判断の主体を失っていくのです。
なぜ人は、占術に「答え」を求めてしまうのか

人が占術に「答え」を求めてしまうのは、
怠けたいからでも、考える力がないからでもありません。
むしろその逆で、
真剣に考えているからこそ、迷いが深くなるのです。
人は知能が高い分、
選択肢を多く想像できます。
もし右を選んだらどうなるか。
左を選んだら、何を失うのか。
考えれば考えるほど、
どの選択にも「理由」と「不安」が同時に生まれます。
動物は迷いません。
本能に従って動くだけだからです。
しかし人は、
過去を振り返り、
未来を想像し、
「間違えたらどうしよう」と考えることができます。
その能力こそが人間の強みであり、
同時に、迷いの源でもあります。
だから人は、
自分で考え抜いた末に、
最後の一押しとして
「誰かの答え」を欲しくなる。
占術が古代から存在し続けてきたのも、
人間がこの性質を持ち続けてきたからです。
占術は、
迷う人間の弱さにつけ込むために生まれたものではありません。
迷う存在である人間が、
それでも判断し、前に進むために生まれた道具なのです。
人は、
失敗を経験しなければ、
本当の意味で成長することはできません。
選択の結果を引き受け、
うまくいった理由を振り返り、
うまくいかなかった理由を考える。
その積み重ねによって、
判断の精度は少しずつ磨かれていきます。
もし、
迷うたびに「正解」だけを与えられてしまったら、
人は失敗する機会を失います。
失敗しない代わりに、
判断力も育たない。
それは一見すると、
とても安全な選択のように見えます。
自分で決めなくていい。
失敗しなくていい。
責任も負わなくていい。
しかし、
その状態を長く続けてしまうと、
人は「判断する経験」そのものを積み上げられなくなります。
年月を重ねるほど、
自分で考え、選び、引き受ける力は育たず、
晩年になっても、何一つ自分で決められないまま
老年期を迎えてしまうことがあります。
それは決して成熟した姿ではありません。
むしろ、
年齢だけを重ねた、非常に不安定な状態です。
それは、守られているようでいて、
実は「自分で生きる力」を少しずつ失っていく過程でもあります。
占術が「答え」になると、人生で起きやすい3つの誤り
占術そのものが問題になることは、ほとんどありません。
問題が起きるのは、
占術を「答え」として使い始めたときです。
そのとき、人生には次のような誤りが起こりやすくなります。
誤り①
判断の基準が、自分の外に置かれてしまう
占術が答えになると、
人は「自分はどう考えるか」を問わなくなります。
占断が示した結果に、
従うか、従わないか。
判断の中心は、すでに自分の外にあります。
一見すると、
慎重で、客観的で、
賢い判断をしているようにも見えます。
しかし実際には、
判断する力そのものを使っていない状態です。
この状態が続くと、
自分の感覚や経験を信じる力は、
少しずつ鈍っていきます。
誤り②
失敗を通して、人として成熟する機会を失ってしまう
人は、
うまくいった理由よりも、
うまくいかなかった経験から、
多くのことを学びます。
失敗したとき、
誰に迷惑をかけたのか。
どう行動するべきだったのか。
そして、
次に同じ場面が来たら、どうするのか。
そうした振り返りを通して、
判断力だけでなく、
人としての深みや配慮といった人格も育っていきます。
ところが、
占術に「正解」を求め続けていると、
失敗そのものを避けるようになります。
失敗しない代わりに、
判断するという経験値が、
積み上がらなくなります。
結果として、
年齢や経験年数と、
判断力が比例しなくなっていきます。
そして晩年になったころ、
占いに依存せず、
自分の経験と判断を積み重ねてきた人のほうが、
結果的に「運が良い人生」を歩んでいた、
ということも、決して珍しくありません。
つまり、
人格を育てる機会を、
じわじわ失っているような使い方をしては
もったいないのです。
誤り③
人生の責任を、知らないうちに他者に渡してしまう

優しい人とは、
困難を乗り越えた経験のある人です。
過去に、
迷い、悩み、
苦しい時期を通り抜けてきた。
挫折を経験し、
進むべき方向が見えなくなったところから、
それでも立ち上がってきた。
そうした経験を重ねてきた人は、
いわば人としての「厚み」があります。
人の心の痛みが、想像ではなく、
自分の経験として分かる。
だから、優しい。
それは、
表面的に感じの良い「いい人」という意味ではありません。
いざというときに、
信頼でき、頼ることができる人。
有事のときに、
真っ先に逃げる人ではない、ということです。
占術が「答え」になっていると、
物事がうまくいかなかったとき、
人は無意識のうちに
原因を自分の外に探し始めます。
「言われた通りにしたのに」
「占いでは大丈夫だと言われた」
その言葉が口に出た瞬間、
判断の主体は、
すでに自分の手から離れています。
自分で決めていない以上、
結果を引き受ける感覚は育ちません。
反省も、修正も、
自分の中に積み上がっていかない。
そして次の判断でも、
また誰かの「答え」を探しにいく。
一度この負の循環に入ると、
本人にはとても気づきにくいものです。
自分の人生の責任を
自分で引き受けていない人は、
家族や友人の相談に対しても、
十分な経験値をもとにした
助言をすることが難しくなります。
本当の意味で、
誰かを守ったり、
支えたりすることも、
容易ではありません。
利他の精神は、
突然身につくものではないからです。
悩み、迷い、
失敗を経験し、
自分なりに答えを探し、
その重みを引き受ける。
その積み重ねの中で、
少しずつ育っていくものです。
占術が「答え」になってしまうと、
このプロセスが省略されてしまいます。
その結果、
一見すると穏やかで安全に見えても、
責任感や、
他者への心配り、思いやりが
育ちにくい状態が
長く続いてしまう。
占術は、
人生の責任を預けるための道具ではありません。
自分の判断を支え、
よりよい選択をするための
指針であるべきものです。
まとめ
占術は、人生を代わりに決めるものではない
では、占術はどのように使うのが、
最も健全で、力を引き出せる使い方なのでしょうか。
その上で、
占術を使って、
次のような点を確認していきます。
・見落としている視点はないか
自分では気づいていない才能や資質、
問題解決のために使える強みを知る。
「無理だ」と思い込んでいたことが、
実は得意分野だったと気づくこともあります。
たとえば、発信やSNSでの表現などがその一例です。
・感情に偏っていないか
自分が陥りやすい思考や言動のクセを知る。
不安になると、いつも途中で諦めてしまう。
対立を恐れて、言うべきことを飲み込んでしまう。
そうした傾向を、事前に把握するために占術を使います。
・タイミングを誤っていないか
何をするかだけでなく、
「いつやるか」を確認する。
今は準備の時期なのか、動くべき時期なのか。
実行に最も適したタイミングを知ることで、
判断の精度は大きく変わります。
占術は、
このように
自分の判断を補強し、
誤りを減らすために使うとき、
最も力を発揮します。
占術は、
人生を代わりに決めるものではありません。
あなたの判断を支え、
見落としやすい視点を照らし、
誤った方向に進まないための
指針として使われるとき、
はじめて本来の力を発揮します。
人は、迷い、悩み、
ときに失敗しながら、
少しずつ判断力と人格を育てていきます。
その過程は、
遠回りに見えるかもしれません。
不安で、心細く、
できれば避けたいと思うこともあるでしょう。
けれど、
自分で考え、
自分で決め、
その結果を引き受けてきた人だけが、
本当の意味で
「自分の人生を生きている」
と言えるのだと思います。
答えを預けるためではなく、
判断を取り戻すために。
占術は、
そのためにあるものです。
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