宙SORAのブログ

引っ越しで神さまなど「見えないモノ」もちゃんと引っ越しできましたか?

引っ越して21日が経ちました。
以前の自宅には神棚はありましたが、丁寧には祀っていませんでした。
丁寧に祀ると言うことは、それだけきちんとお世話できないと、神さまに大変失礼な事になる。結果として・・・と思うと、私には自信が無くて丁寧には祀っていませんでした。

が、この度の移転を機に、「少しだけ」丁寧に祀ることに決めました。
その際、新しい神さまに宿って頂くこともあり、「21日間」総本山のある方位を祈り続ける、という事をしました。ただし、これ、大変危険な行動でもあるため、軽い気持ちではしない方が良いそうです。
私は専門家の先生に「宙SORAさんならきっと自分でやっても大丈夫だと思うから」と言っていただいたので挑戦しましたが、この言葉の奥には「軽はずみな気持ちで儀式的にやることは逆に危険を伴う」というメッセージとして真摯に受け止めての挑戦です。(素人判断で同じことをされることはおススメできません)


話しを戻して。
神社に参拝した際、社務所でお札頂いたり、ご祈祷を受けてお札を頂く人も増えてきましたね。しかし、榊や水、塩、米などを毎日交換するのは大変だからお札はやめておく、と言う気持ちも分かりますし、そこは本当に気持ちでいいと思うのです。
神棚は何も備えなくても良いのです。何が違うかというと、一言で言えば「パワーが違う」。
ちなみに私は15年以上、高い位置の棚に置くだけ、そして毎朝手を合わせるだけでしたが、借金も無事に返済できたし、風水本の出版や連載、事業の法人化など仕事も順調でした。
私の経験則としては、決まり切った祀り方をしているけど、思いがこもってない、もしくは、祈りに対して、本人が真剣に生きてない場合は、ちゃんとやろうが何もご利益は無いと思うのです。
それよりも、自己流でも(できれば正しい作法が望ましい)、心のこもった祀り方、日々の祈り方をしている人のほうが、私が神さまなら可愛いな~と思うのです。

気づいてきたんですよね。神さまの扱いも、人の扱いもほとんど同じだということ。神さまに好かれたければ、「人にどうしたら好かれるか」を考えて、同じようにしたらいいんですよね。
媚びるばかり、頼むばかりの人ってどうでしょう?
自分の都合のいい時だけ、用事があるときだけ逢いにくる人ってどうでしょう?
あなたは好きですか?